文化・芸術

法然寺  その2

その1は お読みいただけましたか?

少し難しい内容でしたね・・・・

水戸の黄門さまのお名前は ご存知の方が多いと思いますが、

そのお兄様にあたるのが 頼重公です。

75歳で生涯を終えられた頼重公には 

生前にかなわなかった願いがあったそうです。

それは 仏生山の山頂からお釈迦様の遺骨が見出されたそうで、

その遺骨を安置すべき「五重塔」を建立する・・・・・と言う 願いだったそうです。

残された 絵図面にはその予定地がはっきりと印されていたそうです。

そこで頼重公 の御悲願を 

法然寺は 開山以来三百三十年の悲願として

この五重塔建立を決意・・・・・

賛同される方々の「寄付お願い」を呼びかけ

平成18年6月に地鎮祭の法要。

平成20年3月に起工式の法要。

平成23年に完成予定を迎えることになっているそうです。

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分かり難い写真ですが、境内図の後方に五重塔が建立中です。

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三百年の時が流れた 今・・・・ そして2年後には

その願いが叶えられようとしているんですね~~

なんだか胸の奥が 熱くなるお話ですsign03

この時代に 私たちが 時を刻んでいることに深く感謝し、

知れば知るほど 由緒あるこの地で

ご先祖のお墓にお参りできることは 申し分のない幸せでございます。

9月の23日秋分の日 お彼岸には 必ずお墓参りに行きましょう。heart04

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仏生山 法然寺 その1

香川県のほぼ中央に位置する 仏生山町。

私の自宅から車で 5分くらいの場所にある 

仏生山 法然寺を 今日はご紹介したいと思います。

まず、300年の歴史 文化に触れてみては・・・・

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この法然寺は建永2年(1207)に、

法然上人が御年75歳で四国に流されて

お住みになった小松庄生福寺の遺跡。

ここを高松藩祖 松平頼重公(まつだいらよりしげ こう)が復興して

代々の菩提寺とされたそうです。

三つ葉葵のご紋は徳川家(松平家)の家紋。

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頼重公は

clip徳川家康公の孫。 水戸の徳川光圀公の実兄にあたるかたです。

寛永19年(1642) 20歳の若さで高松に入り、藩の基礎を固め

産業の振興 学問や文化の奨励 保護を行い 民の繁栄と平和を願って

粉骨砕身し、実行あらしめた藩主であったと 言われています。

また 

法然上人を追慕して1668年に竹井齊庵を奉行として、この地に六万五千余坪

3年の歳月を費やして 三十三門 二十四宇の仏閣僧房を建立。

法然寺は浄土宗四箇本山となり、山号を仏生山 院号を来迎院

寺号を法然寺と呼ぶことになったそうです。

続きは また明日shine

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